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 時は元禄12年(1699)、初代若竹屋伝兵衛が筑後の国田主丸に蔵を開きました。筑後地方では最も古い蔵元となりましたが、若竹屋はいわゆる庄屋のような資産家ではありませんでした。
 他の酒造家が大地主で余剰米を酒造りにまわしていた時代、初代伝兵衛は酒そのものの魅力にとりつかれ酒造りを始めたと伝えられています。
 若竹屋に伝わる家訓のひとつに「美田を残すな」というものがあります。時代が進むにつれ、他の酒造場は廃業し、現在では田主丸に蔵は若竹屋一軒となりました。それは余剰米で酒をつくるのではなく、自ら米を選び、仕入れ、良き酒を造ることに資産の全てを賭けてきたからであると家訓は伝えています。

 「蒸米をほぐす手、麹に触れる指、発酵樽からかすかに聞こえる生命活動の音を聞く耳、産まれたての新酒を利く舌。その全ての作業に誇りと愛情を感じながらお酒を醸している」と語る、十三代目当主の林田伝兵衛さん。その言葉には、初代の酒そのものへの純粋な思いと少しも変わらぬ響きがあります。
 そして、もうひとつの「若竹屋は先祖より受け継ぎし商いにあらず、子孫より預かりしものなり」という家訓には、300年にわたり同じ土地で商いを続けているからには、周囲の自然環境や技術、地域とのつながりは総て、次の世代のために「自然な、正しい姿」であらねばならないという哲学があります。
 そのことは、若竹屋の酒造りのみならず、代を譲りながらも、紅乙女、巨峰ワインと次々と創造酒を生み出し、いずれも田主丸の自然や農業と共生してきた系譜にも現れています。



 その林田伝兵衛さんの長男、浩暢さんが十四代目として酒造場社長を継いだ頃、酒税改正の波の中で、多くの酒造場は生き残るために量販か、つくりたい酒にこだわり続けるかという分岐点に立たされていました。悩んだ末、若竹屋は後者を選びます。
 それは苦渋の選択でした。しかし、伝統を守りぬくためには、さらに蔵も生き物として「自然な、正しい姿」に新陳代謝をしてゆかなければならないと、元禄時代の蔵を開放し、水や米づくりから若竹屋の酒を知ってもらうことを始めました。人々の表情に、その選択は間違いではなかったと浩暢さんは考えます。 
 嬉しいとき喜びを倍にし、哀しみをいやし、怒りを発散させ、英気を養う酒。仲間と円座で飲んだ酒、そして、親と初めて汲み交わす一杯。若竹屋の酒は田主丸の人々のあらゆる思い出の中にあり、営々と次の世代へと受け継がれています。


若竹屋酒造場
利き酒処・元禄蔵

福岡県浮羽郡田主丸町田主丸706
TEL 0943-72-2175 FAX 0943-72-3698
営業時間11:00〜17:00
定休日水曜・第2.4木曜
若竹屋のホームページ


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